日々の備忘録

日々の出来事や考え事をまとめるためにつらつらと書いています

ある女

 

私は一体どうしてこんな女に成り果ててしまったのだろう。一昔前は貞操も固く酒は飲むがたしなむ程度で煙草も吸わなかった。だが今はどうだ、仕事と家の行き帰りで休みになれば男と飯に行き一夜を過ごすと言う様な様に成り果て酒もタバコも溺れるように吸って飲んでいる。心の闇が年々深くなっていきもう手の施しようがない。出会う人々に「頑張らなくていいよ、充分頑張ってるよ」と度々言われるが、そもそも私は一体何を頑張っているのだろうか。まだまだ苦痛も苦悩も足らないのではないか。確かに私は同年代より苦しく辛い幼少期、思春期をすごしてきた。いわれのない暴力や暴言だって晒されてきた。でもそんなのよくある話だ。どこにだって転がっている。子供でいる時間が短く大人にならなければならなかった子供なぞ私だけじゃない。私には一体なんの価値がありこれからどうやって生きていくのか最早皆目見当もつかない。今の私は生暖かいぬるま湯に頭まで浸かって「これではいけない、早く抜け出さないと」と思いながら結局ぬるま湯から出てこれない。

好きでもなんでもない男に抱かれる度にいつもこう思う。「私は一体何をしているんだろう」と「馬鹿を言うな、そういうことになるのはお前が分かっていたんだろう。嫌なら最初から行くな」等と言われることは目に見えているので手前から言っておく。そうだ、そうなるかもしれない可能性があるのにも私は会いに行き、結局そういう羽目になっている。底抜けに馬鹿だ、大うつけだ。分かっている。人の肌との接触はある意味麻薬に近い、温かく心地よくて抜け出せない。事後、煙草を口につけてライターで火をつける度に虚しさややるせなさを覚える。私はそんな惨めな女に成り下がってしまった、隣で馬鹿みたいに寝ている男を後目に風呂場に向かう。バスタブの栓を閉めて蛇口を捻る。温かいお湯は白い煙をだしてバスタブを満たし出す。

洗面台から白いバスタオルとフェイスタオルを1枚ずつ取ってドアに掛ける。お湯が溜まるまで携帯を見て時間を潰す。結局は1人だ。どこまでいっても1人。馬鹿みたい。

テーブルに残った缶チューハイを煽る。口に入りきれなかった酒が首に伝わる。手で拭って、缶を握りつぶしゴミ箱に投げ捨てる。どこまでも安っぽい味がして吐き気がする。寝ている男も私もどこまでも安っぽくて薄汚い。3流恋愛映画のワンシーンにもならない。お湯が止まった音がした。風呂場に向かい、服と形容するのもおこがましい程度の下着を脱ぎ捨てて熱いシャワーを浴びる。温かなお湯が身体を伝って安堵する。アルコールもどこかに飛んでしまいそう。髪と体を洗って浴剤いれてバスタブに滑り込む。暖かい。生き返る。はぁっと大きいため息をついて今日起きた出来事を反復する。昼間から退屈で堪らなかった私は街に繰り出して1人で酒を煽って誰かと話したくなって顔を知らない男を呼び出して、居酒屋で落ち合う。そこそこの会話とそこそこの酒で男はすっかり出来上がりホテルになだれ込んだ次第だ。特徴の無い顔と服装。そう言えば名前をきいていなかった。今更聞くのも馬鹿らしい。どうせもう二度と会わないし、興味もない。

逆上せてきて、バスタブから上がる。掛けて合ったタオルをとって髪と体を拭く。下着をきてアメニティの歯ブラシの封を切り、歯磨き粉をつけて口に入れる。入れたまま髪をタオルドライしてタオルで包む。歯を磨いて洗面台の蛇口を捻る。冷たい水が私の手にかかる。透き通った水が私の手を浸して濡らしていく。洗面台に手を広げて水に浸す。歯ブラシを洗い、手で水汲んで口をゆすぐ。ヘアブラシとドライヤーを取って、頭にまきつけたタオルを投げ捨てて髪を乾かす。

鏡に映った私の顔は無駄に肌ツヤがよくて空っぽの顔をしている。鏡を叩き割りたくなるが堪える。髪が乾いてドライヤーのスイッチを切る。ベットルームに戻り脱ぎ散らかした服を集めて身に纏う。そろそろ始発が走り出す頃だ。カバンから化粧ポーチを出し簡易的な化粧を施し、カバンやコートを手に取りあほ面下げて寝ている男を一瞥してメモ帳に「さようなら。楽しかったです。」と一言書き、男のカバンから財布を取り出し、2万程抜き取る。ホテルの料金位は足りるだろう。これ位はしてもバチは当たらないはずだ。

ドアを開け部屋を後にする。エレベーターのボタンを押し、ドアが開けるのを待つ。携帯で時間と電車の確認、それと耳にイヤフォンをつけ音楽を流す。エレベーターが来て目の前でドアが開く。来る時は2人なのに帰りは一人、ついつい笑ってしまう。エレベーターに乗り、1階のボタンを押す。古ぼけた音声が到着したことを告げ、エレベーターから下りる。自動ドアをくぐり抜け外に出る。

真冬だからかそれとも早朝だからか、空には白く靄がかかっている。なんだかそのまま帰るのも味気ない。散歩でもしてなんなら朝食を取って帰ろうと思い、足を踏みだす。

人気は少なく、空気は冷たい。すうっと深呼吸をすると肺まで凍りそうな冷たい空気が流れ込む。吐いた息は白い。足を止めたらダメな気がして足をとめずに進む。夜はあれだけ騒がしかったのに早朝になるとしんと静かになる。青臭い表現だけど、世界中に人間が私だけしかいない錯覚に陥る。歩いているとこんな朝早くに喫茶店が営業していた。朝食はここで食べよう。そう思い、古臭いアンティークのドアノブを手に取り開ける。

中にお客はいないが、カウンターの奥に白い髭を蓄えた初老の男性がいる。窓際の席に座り、メニューをみる。

サンドイッチに、トースト、ホットケーキ等喫茶店にありそうなものは大抵ありそうだ。私はマスターを呼び、サンドイッチとホットコーヒーを注文し、煙草に火をつける。

こんな早朝に着飾った女が1人で来ていることに何も触れてはこない。よくある事なのだろう。キッチンの方にいき手際よくサンドイッチをつくっている。数分も経たないうちにマスターがサンドイッチとホットコーヒーを持ってきてくれる。サンドイッチはたまごサンドとBLB、ツナサンドが2切れずつ添えられている。布巾で手を拭き、ホットコーヒーを飲む。冷たくなった体に温かくて苦味のあるコーヒーが染み渡る。たまごサンドから頂く。卵とマヨネーズを潰したタマゴサラダじゃなくだし巻き玉子が挟んでおり、パンにはからしが塗られている。口に含むと出汁が溢れんばかりに口の中に流れ込み、からしが鼻にツーンとくる。懐かしい味。気がつくとサンドイッチを完食し、ホットコーヒーを2杯飲んでいた。食後の煙草を吸ってお会計をお願いする。値段だけ告げてその他は何も言わない。愛想がないと言ってしまえばそれまでだが、店と客との境目を超えない接客に私は何故か救われた様な気がする。

店を出て、駅に向かう。まだ疎らだが人が増えてきた。皆、会社に向かい、仕事をし社会を回して行くのだろう。我々が当たり前だと思っている日常を作っているのだろう。そんな彼らとは真反対の道を歩き、駅に着く。改札をくぐり、ホームで待っている電車に乗り帰路に経つ。電車の中はまばらで酔っ払っいのサラリーマンが寝ていたり、老人が新聞を読んでいたり、学生が参考書を読んでいる。皆、わたしの知らない人生を歩んでいる。

駅員の声が最寄りの駅に着いたことを知らせる。電車から下り、冷たい空気が頬を撫でてたまらなくなりコートの襟をかき集める。数分歩き、アパートに着く。鞄から鍵を出して開ける。返って来る声なんてないのに、ついつい「ただいま」と言ってしまう。放った声は暗い部屋の中に吸い込まれる。靴を脱ぎ捨てコートを掛け、部屋の電気をつける。洗面所に行き、手洗いとうがいをしてそのまま化粧を落とし、服を洗濯機の中に投げ入れる。ベットに畳んであった部屋着を着て、ソファーに座る。あと数分したら寝よう。今日は仕事も無いし、また特にすることも無い。何より疲れきった。

目を閉じて考える、あと何回自堕落な生活を送り続けることが出来るだろうか。あと何回「若さ」や「女」という武器が使えるのだろうか。私はまだ知る由もない。この潤いに満ちた肌がいずれ乾いてゆくなんて幻想のようだ。

ベットに移動して目を瞑りながら考える。女として見られなくなったら私という人間の価値は如何様になるのだろうか。私のような人間が幸せになるとは到底思えない。私は一体どんな結末を迎えるのだろう。と考えていくうちに疲れ果てて眠りにつく。

 

 

ものすごい頭痛と怠さで目が覚めた。彼女もまだ寝ているのだろうか。そう思って、シーツをまさぐってみても彼女はいない。トイレにでも行っているのだろうか、二日酔い特有の頭痛に目眩をしながら立ち上がって彼女を探す。彼女はいなかった。どこにも。トイレにも風呂場にも。先に帰ってしまった、テーブルには綺麗な字で別れの言葉が綴られている。ため息を吐いてベットに掛ける。パンツのまま、水を取って飲み干す。口から入り切らなかった生ぬるい水が首から鎖骨へと流れる。静まり返った部屋の中で昨夜のことを思い出す。美しい女性だった。知的で品性に溢れているけれどどこか輪郭がぼんやりしていて掴めない人だった。彼女の名前すら聞いていなかったけど。立ち上がって、風呂場へ行きシャワーを浴びる。上がって、半裸のまま歯を磨きながらテレビを付ける。画面の中にはお昼のワイドショーが流れている。芸能人や胡散臭いコメンテーターが芸能人の不倫について言及している。くだらない。すぐにテレビのリモコンを切ってベットに投げる。髪を乾かして服を着る。玄関口にある支払い機で支払いをしようとして、鞄から財布を出す。中身が2万程減っていて、やられた。と思うが不思議と腹は立たなかったし少し彼女が本当に居たんだと実感した。夢ではなかったんだと。

会計を済まして部屋を出てホテルを出る。昨晩とは打って変わって日差しが眩しい。目がクラクラする。覚束無い頭のまま歩き出す。駐輪場にある自転車をとって自宅に帰る。